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東京地方裁判所 昭和40年(特わ)642号 判決

主文

一、被告人狩谷亨一を罰金一〇万円に、

被告人飯田頼之を罰金八万円に、

被告人森宗作を罰金五万円に、

被告人藤本勝一、同志村宗明を罰金三万円に

それぞれ処する。

二、被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。

三、(省略)

四、被告人藤本勝一、同志村宗明に対し、公職選挙法第二五二条第一項所定の選挙権及び被選挙権を有しない期間をいずれも三年に短縮する。

五、被告人森宗作、同藤本勝一は、飯田頼之らと共謀のうえ昭和三九年九月一六日日本専売公社東京地方局会議室における同地方局全管支所長会議の席上及び専売会館における右会議出席者の懇親会の席上で武蔵野出張所長福田義一ら支所長約六〇名に対し公社職員の地位を利用して小林章のため立候補届出前の選挙運動をしたとの公訴事実につき、被告人両名は無罪。

理由

一  (被告人らの経歴と本件当時の地位)(省略)

二  (被告人らの地位における職務内容)

日本専売公社は、大蔵省専売局を前身とし、日本専売公社法により、全額政府出資の公法上の法人とされ、昭和二四年六月一日設立されたものである。公社は、たばこ専売法、塩専売法、塩業組合法、たばこ耕作組合法等に基づき現在の国の専売事業の健全にして能率的な実施に当たることを目的とし、主たる事務所を東京都に置き、専売事業審議会の推薦に基づき大蔵大臣が任命する総裁一名が公社を代表し、その業務を総理し、副総裁一名、理事五名以上(総裁が大蔵大臣の認定を受けて任命する)が総裁の定めるところにより補佐して公社の事務を掌理する。重要な業務の協議及び連絡は、常時開催の総務会(総裁、副総裁、総務理事が出席)、月一回開催の理事会、年数回開催の支部局長会議等の会議を設営して行われている。

公社東京地方局は、総裁通達である日本専売公社職制及び日本専売公社分課規程により、業務運営機関である支部局のひとつとして設けられ、内部部課として総務部、経理部、たばこ販売部、生産部、製造部、塩業部、調達部、監視部及び診療所が置かれ、東京都、神奈川県、山梨県、千葉県、埼玉県を管轄区域とし、芝、墨田、横浜、埼玉、千葉、甲府の六支局、田町、足立等五五出張所その他品川、小田原、秦野の三工場、千葉、平塚の再乾燥工場を管下に持つ(支局、出張所等を総括して支所と呼び、その長を支所長という)。重要な業務の協議及び連絡は、毎月曜日開催の幹部会議(局長、各部長、秘書役が出席)、毎日の幹部昼食会、年度各四半期に開催の支所長会議(全管と各県ブロックの区別あり)等の会議を設営して行われている。

被告人狩谷亨一は、公社東京地方局長として、同地方局所管のたばこ、塩の専売事業に関する事務全般を掌理して、前示管下の支局、出張所等を統轄し、部下職員を指揮、監督し、総裁通達である日本専売公社業務権限規定により、製造たばこ小売人の指定及び取消並びに製造たばこ小売人及びその団体に対する指示、指導などの職務を行つていたもの。

被告人飯田頼之は、同地方局総務部長の地位にあつて、同地方局長の命を受けて、総務部の所掌事務である人事、配置定員、内部組織、社内取締などの職務を行ない、特に管下支所長以下職員に対する人事権を掌握していたもの。

被告人森宗作は、同地方局たばこ販売部長として、同地方局長の命を受けて、たばこ販売部の所掌事務である製造たばこ販売計画、販売、製造たばこ小売人の指定及び取消並びに製造たばこ小売人及びその団体に対する指示、指導などの職務を行つていたもの。

被告人藤本勝一は、同地方局経理部長として、同地方局長の命を受けて、経理部の所掌事務である内部監査、予算、決算、資金、現金の出納等の事務をつかさどり管下支局出張所等に対する内部監査等の職務を行つていたもの。

被告人志村宗明は、同地方局総務部秘書役の地位にあつて、同総務部長の命を受けて、秘書、人事等の事務をつかさどつていたもの、である。

三  (本件に至る経緯)

参議院議員通常選挙は、昭和二五年初の総選挙施行後、議員半数の改選のため、三年毎に行われるが、右選挙には広く全国の葉たばこ耕作者約三五万人、たばこ小売人約一八万人を主体とし塩元売人、小売人、現職退職の公社職員及びその家族ら専売事業関係者を地盤として毎回保守党の公認をうけて全国区に立候補当選する者があつたところ、同三四年には、元公社理事であつた上林忠次が引き続き二回目の当選をし、同三七年には、元大蔵省専売局長官であつた杉山昌作が三回目の立候補を辞退し、たばこ耕作組合中央会副会長日高広為が立候補当選して、同四〇年七月四日施行の選挙を迎えることとなつた。ところが、右上林忠次は同三八年末病に倒れ、引き続き三回目の立候補が不可能と目されるに及んで、同人に代わる新人を立候補させる動きが右専売公社を含む大蔵省関係高級官僚出身の国会議員らの政治団体大蔵同友会および公社の元幹部職員の親睦団体清交会に起り、他方たばこ耕作組合中央会の政治団体であるたばこ耕作者政治連盟にも同様の動きが起つた。大蔵同友会、清交会では話題にのぼる二、三の者の中から次第に当時公社総務理事小林章に出馬を促す空気が有力となつたが、これにひきかえ、たばこ耕作者政治連盟では前示日高広為を当選させたことに力を得て、続いて同組合中央会会長河合沖を推挙して互いに譲らない状況であり、両名並び立つときは票割れにより共倒れになる見込みが濃厚で、勢い激しい選挙戦を余儀なくされ、その結果のいかんにかかわらず専売事業関係者にしこりを残し、それ以後専売事業全般の運営に支障を来たすおそれがあり、立候補者をひとりにしぼるための調整が当然必要とされ、かつ、それがどのようになされるかが、専売関係者の関心事となつた。

公社の本社幹部職員のなかにも、大蔵同友会、清交会の意向に随い、小林章が来たるべき参議院議員通常選挙に出馬する暁には、同人のため投票し、当選を得させるべく支持する意向のものが多く、右幹部職員と日常業務の上で密接に接触する機会のある本社及び支部局の職員や、たばこ小売人とその団体の役員には、小林章が立候補するとの噂が漸次広まり、また「日本専売新聞」、「全国たばこ新聞」、「専売タイムズ」等の業界新聞や社内報「専売」等にも小林章の立候補を有力視し、これを支持する傾向の記事が掲載され、広く報道されるに至つた。

たばこ小売人は、約一八万人の全国組織として全国たばこ販売協会(全協と略称)、東京地方局管内のたばこ小売人約二万五、〇〇〇人の組織として東京地方局管内たばこ販売協議会、同地方管内各都県別の組織として各たばこ商業協同組合連合会、各地区別に各たばこ商業協同組合(単位組合と略称)を組織しているが、全協の組織を基礎として政治団体全国たばこ販売政治連盟(全政連と略称)を構成しているところ、昭和三九年五月一三日岐阜市において全政連幹事会が開催され、小林章が立候補の暁には、同人を推挙することを決め、同年六月上旬ころ全政連会長柏原平太郎、事務局長甲斐仁らが中心となつて小林章後援会を組織し、同年七月には同後援会趣意書と入会申込書を多数印刷し、組織を通じて単位組合にその入会者の募集を呼びかけるに至つた。

公社は、同三九年六月八日ころ本社に全国の支部局長会議を招集したが、その際、公社企画部池田博企画課長は各地方局長らに対して、小林章の立候補問題について発言し、各地方局単位に外郭団体名簿及び連絡責任者名簿の作成提出を求め、本社と各地方局の情報伝達網の確立を促した。当時東京地方局長であつた下門辰美は、同月一六日ころの同局幹部会議の席上、飯田、森、藤本各被告人をはじめ、同地方局の各部長に対し、右池田の発言内容を伝達するとともに、右各名簿の作成提出を被告人飯田に命じ連絡責任者については、飯田、森の両被告人の間で協議の上両名を責任者と決定して本社企画課長に通知し、当時総務部秘書役であつた篠原栄一において外郭団体名簿を作成しこれを本社企画課長に送付した。また、本社においてはそのころ、「選挙運動に関連して」と題し、その内容は公社職員として選挙運動をする場合の指針を示したとみられるパンフレットを本社総務部調査役で後に札幌地方局長に転出した古山新三郎に起案させ、被告人藤本も本社企画部企画課においてその印刷に関係しているのであるが、これを各地方局長に配布し、右下門局長は被告人飯田にこれを地方局として数十部増刷することを指示し、飯田はさらに被告人志村にこれを指図した。さらに右下門局長らは、同年六月三〇日開催の神奈川、埼玉、同年七月一日開催の東京、千葉、同月三日開催の山梨の各ブロック支所長会議の席上、支所長らに対し小林章の立候補問題についての情報を伝達した。

公社は同三九年初めから紙巻たばこの肺癌問題が世上宣伝され、フィルターたばこの需要が急激に増大する傾向等に対処して、たばこ事業長期計画の手直しを主管部課である企画部と販売部が行つていたところ、東京地方局においても本社の方針を策定し、とりわけ総務部においては、労働対策等を中心に支所長会議を四半期毎に開催の計画があり、たばこ販売部においては、右肺癌問題や折から開催の東京オリンピックにおける販売対策の重要課題に対処し、販売実績の向上を目的とする販売員会議、たばこ商業協同組合理事長会議、同組合婦人部会議等の開催、販売指導のスライド作成等を計画し、それに伴い年度頭初本社から東京地方局へ示達された年間予算的一、二〇〇万円に加えて、毎年その時期に増額申請をする例であつた個別予算については、特に右たばこ事業費を中心に大幅な増額申請を行うことを考慮していた。そのころ本社販売部は、東京地方局たばこ販売部に対し、右スライドの中に総務理事である企画部長小林章を登場させる一齣を挿入させ、また長期計画の周知徹底をはかり、かつ、たばこの販売促進に拍車をかけることを表向きの理由に小林章を右販売員会議等に出席させることを指示し、東京地方局側も右会議とそれに続く懇親会の席上、小林章に挨拶する機会を与え同人をして立候補の暁には、同人のため投票及び投票取りまとめを暗に依頼する機会に利用することを容認した。

公社企画部池田博企画課長は、同三九年七月上旬東京地方局総務部長である被告人飯田に対し、前示たばこ販売部主管の各会議のほか、東京地方局の各部が開催を計画している会議等の行事計画の報告を求め、かつ、予算増額申請の提出を促し、被告人飯田において同年七月一三日幹部会議で各部長にはかり、かつ被告人志村に命じ各部より行事計画とそれに伴う費用の資料を徴し、総務部において取まとめた上、同月二五日ころ本社企画部へ右会議開催計画とそれに伴う予算増額申請を内申した。本社は、右増額申請千四、五百万円について検討のうえ、同年八月下旬ころ箸本弘吉主計課長から右飯田に対し七〇〇万円の限度で認めることを内示した。その後飯田は同年八月三一日幹部会議にはかり、さらに志村と協議し、各部からその計画した行事に重要度の順位をつけさせるなど、右削減された予算の配分に各部長の協力を求め、狩谷局長の承認を得たうえ、同年九月一四日の幹部会議において、およそ総務部八〇万円、経理部四〇万円、販売部二〇〇万円、生産部三〇万円、製造部四〇万円、塩業部四〇万円、調達部一〇万円、監視部五〇万円、留保分二〇〇万円と配分することをきめた。その後同年九月末ころから同年一〇月三日の間、主管する東京地方局経理部において、右七〇〇万円をたばこ事業費関係五通、塩事業費関係一通の各増額申請書に分けて局長の決済を経、正式に書類を作成して本社に送付し、同年一〇月一九日から同月二八日までの間順次本社から右予算の示達をうけた。

かようにして右地方局各部はそれぞれ主管の会議等の行事に予算の裏付けを得て、順次行事を実施したのであるが、本社企画部は、全国的規模において総務理事(八月一五日までは企画部長でもあつた)小林章が可能なかぎり多く各地方局の各種会議に出席できるようにとの配慮から、東京地方局に対しても各部が開催する会議等の行事予定を報告させ、そのうち適当な会議等に同人が出席できるよう計らい、同人は前示たばこ事業長期計画等本社の事業方針の周知徹底をはかる等の大義名分のもとにその機会を利用して後に認定する昭和三九年八月二一日開催の関係事務連絡会議、同人が総務理事を退職した後の同年一一月三〇日開催の婦人部会、同年一二月九日開催の東京、神奈川ブロック支部長会議を含む各種の会合もしくはそれに続く懇親会等にしばしば出席し、何回も同席したことのある被告人狩谷によればその内容をほぼ六つの定型に分類できるような、明らかに選挙目当ての売名的挨拶を各所で反覆しているのであつて、これを容認した東京地方局幹部の側からみれば、公社役員である小林章が来たるべき参議院選挙に立候補の暁には同人のために投票を依頼すべく、小林自身に顔をひろめ、名前を印象づける等選挙の事前運動ないしは地盤培養行為を行う機会を作つた。小林章が同年一〇月一九日付で公社総務理事を退職し、同日自由民主党に入党してからは、もつぱら会議の機会に右事前運動等を行う余地を与えることとなつた。

次に認定する被告人らの行為は、各被告人らの認識の範囲と濃淡に程度の差はあるにしても、右のような背景のもとに、それとの関連において行われたものである。

四  (罪となる事実)

被告人狩谷亨一、同飯田頼之、同森宗作、同藤本勝一、同志村宗明は、それぞれ前示一及び二のとおり職務を行う地位にあつたものであるが、昭和四〇年七月四日施行の参議院議員通常選挙に際し、前示三の経緯により、同公社総務理事小林章が全国区から立候補する意思を有することを知り、同人が立候補したうえは同人に当選を得させる目的で、いずれも同人が同四〇年六月一〇日右選挙公示の日立候補の届出をした以前である同三九年八月二一日から同四〇年一月一八日までの間において、

第一、被告人森宗作は、同三九年八月二一日東京都港区芝高輪南町三〇番地所在の専売会館で催された東京地方局たばこ販売部と東京都内たばこ商業協同組合役員との関係事務連絡会議の席上を利用して、同選挙の選挙人でありかつ同被告人の指導下にある東京都たばこ商業協同組合連合会会長岩本喜悦および板橋たばこ商業協同組合理事長増田仙蔵ら組合役員約三〇名に対し、同人らが前示三の説示のとおり日本専売新聞等の業界紙の記事、全政連幹事会における小林章立候補推せん決議、全政連の小林章後援会結成など小林章が来たるべき参議院議員通常選挙に立候補することに関し多少とも知るところがあるのをよいことに、前示職務上の地位を利用し、右会議の冒頭において「本日は総務理事の小林章さんが出席され、皆さんと親しくお話をなさいます」と挨拶し、引き続き懇親会の席上、小林章の人柄、経歴等を紹介し「小林さんをよろしくお願いします」と申し述べて、右会合に出席した小林章の挨拶とあいまつて、暗に小林章が右選挙に立候補の暁には同人のため投票並びに投票取りまとめ方を依頼し、

第二、被告人狩谷亨一、同飯田頼之、同志村宗明は、同三九年八月末ころか、九月初旬ころ被告人飯田において本社企画部池田博企画課長らが小林章が当選するために必要と目される票数につき全国で約六五万票、東京地方局全体については約一〇万票と予想していることを知り、これを東京地方局管内の各支局出張所別に割り振つた場合の数字を算出して、各支局出張所長らに伝達し協力を得ようと考え、同月一四日ころ被告人志村と相謀り、被告人志村において各支局出張所別に、公社職員数、たばこ、塩の各小売人数、たばこ耕作者数の合計数を算出して、これに一〇万票を機械的に按分した数を算出したうえ、被告人飯田において被告人狩谷に右の事情をうちあけて、支所長会議の席上、支所長らに対し右数字を伝達し協力を得ようと諮りその同意を得てここに被告人三名は共謀のうえ、同年九月一六日同都品川区東品川五丁目七二番地所在の公社東京地方局四階会議室で行われた同地方局全管支所長会議及び同会議の直後前示第一記載の専売会館で催された右会議出席者の懇親会の席上を利用して、同選挙の選挙人でありかつ被告人らの監督下にある同公社武蔵野出張所長福田義一ら管下支局長出張所長約六〇名に対し、同人らが前示三の説示のとおり同三九年春ころ以降小林章が来たるべき参議院議員通常選挙に立候補する情勢にあることについて、噂を耳にし、業界新聞や社内報を読み、同年六月三〇日、同年七月一日、同月三日のブロック支所長会議において下門前局長らからある程度の説明を受けていることをよいことに、前示職務上の地位を利用し、前示会議室で被告人狩谷において総務理事小林章の経歴を紹介し、「近く公社を辞められ、より広い活動の場を求めておられる噂があるが、私ども後輩としても、その際は支持、応援したいものである」等と説示し、被告人飯田において、公社における小林章の業績を紹介し、病臥中の上林忠次現議員に代わつて立候補するのにふさわしい人物であるが、たばこ耕作組合中央会会長河合沖の出馬も噂されるので楽観できない情勢であることなど小林章の立候補に関する情勢を伝達し、支所長らとの質疑を交わし、さらに前示専売会館の懇親会の席上被告人飯田において「参議院全国区に当選するためには六五万票を要するといわれている。東京地方局の努力目標は一〇万票である。これを支所別に配分したので、皆さんにあとで個別にお計りしたい」と述べ、被告人飯田、同志村において前示専売会館階下の洋間に福田ら支所長を順次招じ入れ、各支所長に対し前示の如く予め準備した各支所別の目標数を示すなどして、小林章が右選挙に立候補の暁には同人のため投票並びに投票取まとめ方を依頼し、

第三、被告人藤本勝一は、同年一一月二四日前示第一記載の専売会館で行われた東京地方局管内支所経理事務担当者会議出席者の懇親会の席上を利用して、同選挙の選挙人でありかつ被告人の監督下にある同地方局足立出張所経理課長行川泰弘ら管下支所の経理課長ら約六〇名に対し、前示職務上の地位を利用し「すでに御承知のとおり小林さんが総務理事をやめられた」と前置きして、小林章の経歴や公社における業績を紹介し、「私個人としては小林さんが成功されることを希望しています」等と挨拶し暗に小林章が来たるべき選挙に立候補の暁には同人のため投票並びに投票取まとめ方を依頼し、

第四、被告人狩谷亨一は、同年一一月三〇日前示第一記載の専売会館で行われた東京地方局たばこ販売部主催の東京都内たばこ商業協同組合婦人部長会の席上を利用して、同選挙の選挙人でありかつ被告人の指導下にある杉並たばこ商業協同組合婦人部副部長斎藤百合子ら約二五名に対し、前示職務上の地位を利用し、同会議に出席していた小林章を紹介し「小林さんは公社の総務理事をやつておられたが、やめられた。われわれもお世話になつた方だ。来年全国区から候補にお立ちになるからよろしくお願いします」などと挨拶し、右小林が来たるべき選挙に立候補の暁には、同人のため投票並びに投票取まとめ方を依頼し、

第五、被告人狩谷亨一、同飯田頼之は、被告人狩谷において同年一二月三日ころ公社で開催の全国の支部局長会議に出席し、その際本社企画部池田博企画課長からたばこ耕作組合中央会会長河合沖が病に倒れ立候補を断念する様子であること、しかし耕作組合が小林支持にまわるかどうかはつきりしない情勢にあること、大蔵同友会、清交会の会員が中心になつて小林章後援会を発足させることになつたが、その趣意書の印刷ができ次第配布を始めること、発起人に誰が名前を出すか未定であるが、それがきまり次第後援会は発足すること、その他小林章に対する餞別のこと等について説明を聞き、これを同月七日ころ東京地方局幹部会議の席上、被告人飯田ら各部長に報告したのであるが、被告人両名は、互いに意思相通じ共謀のうえ、同年一二月九日、前示第二記載の東京地方局四階会議室で行われた同地方局東京、神奈川ブロック支所長会議の席上を利用して、同選挙の選挙人でありかつ被告人らの監督下にある同地方局芝支局長渡辺正明ら支所長約二四名に対し、前示職務上の地位を利用し、被告人飯田において「公社を辞められた小林さんの後援会ができた。いずれ後援会から支所長宛に加入の依頼がいくから協力して欲しい。知人や親戚らに働きかけて加入してもらいたいし、たばこ商業協同組合の役員らと相談して世話人をみつけておいて欲しい」と説示し、被告人狩谷において「たばこ耕作組合を地盤とする河合沖が立候補を断念したが、同組合が小林支持に廻るかどうかは未定であるから、たばこ販売関係者に対するなお一層の働きかけに努めてほしい」と申し述べ、被告人飯田において「月報を局長宛の私信で送つて欲しい、選挙情勢でもなんでもよい」と申し向けて、右後援会の会員募集に藉口し、小林章が来たるべき選挙に立候補の暁には、同人のため投票並びに投票取まとめ方を依頼し、

第六、被告人狩谷亨一、同飯田頼之、同森宗作は、互いに意思相通じ共謀のうえ、同四〇年一月一八日前示第二記載の東京地方局四階及び二階の各会議室で行われた同地方局東京都内支所長会議の席上を利用して、同選挙の選挙人でありかつ被告人らの監督下にある前示第五記載の渡辺正明ら支所長約一二名に対し、前示職務上の地位を利用し、被告人狩谷において「東京都たばこ商業協同組合連合会には内紛があり、たばこ販売目標の達成にも支障をきたしている。選挙の面でもうまくいかないところもあると思うから各支所長において各単位組合に働きかけ一層努力してもらいたい」と説示し、被告人飯田において「小林章後援会の会員募集のため申込書が来ているからできるだけ持ち帰り、各単位組合の世話人に届け、なるべく早く申込書を集めて本部の方へ送り返させてもらいたい」等と依頼し、被告人森において、右連合会の内紛問題について解決の見通しを説明しかつ黄色い用紙に印刷された全政連の小林章後援会と白色用紙に印刷された清交会等関係の小林章後援会の各会員募集が重複する場合の措置について「各支所長の適宜の処置に委ねる」旨を説示するなど、後援会の会員募集に藉口し、小林章が来たるべき選挙に立候補の暁には、同人のため投票並びに投票取まとめ方を依頼し

もつて前示公社役、職員である地位を利用して立候補届出前の選挙運動をしたものである。

五  (証拠の標目)(省略)

六  (量刑の事情)

本件選挙の結果、小林章は、全国区で約六四万六、〇五四票を得票し、そのうち東京都下で約五万三、二四三票(東京地方局管内で約八万四、〇三〇票)を得て(検察事務官作成の報告書二通)、当選し現に自由民主党所属の参議院議員の栄誉ある地位にある。小林章の当選を確実ならしめた要因は、同一選挙地盤のしかも比較的に多数を占めるたばこ耕作組合関係者の支持を得られたことであり、右組合の支持により立候補を一旦は決意していたといわれる同組合中央会会長河合沖が病に倒れて立候補を断念したことが小林章に幸いしたといいうるであろう。

本件で公職選挙法違反に問われた被告人らは、小林章が立候補を決定する過程については勿論、その当落を決定的に左右したたばこ耕作組合側との交渉にも何ら影響力を持たない者であり、一公共企業体である専売公社のいわば中堅幹部職員に過ぎない。被告人らをして、本件違反を犯させた原因は、ひとえに国会議員ら政治家グループと癒着した公社最高首脳部さらにはその圧力団体幹部等が、政治と企業を混同し、不幸にも企業体の組織命令系統をそのまま一保守政治家の誕生のために利用したことにあるといつても過言ではない。加えるに、被告人ら自身が、かようなことになんらの矛盾を感じないで、事大主義よろしく、本社側の地位利用に盲従し、地方局の地位を利用して、部下の支所長ら職員に対し、或いはたばこ小売人団体の理事者及び婦人部役員に対し、選挙運動を行いかつ選挙運動を行うよう依頼することが専売事業の発展に寄与することであると考え、金科玉条とする専売事業の発展以外は眼中にない無批判な態度も拍車をかけたものといいうるのである。しかも、翻つて考えるに、被告人らの選挙運動は、固定票と考えられているたばこ耕作者を除いては全専売労働組合員以外の公社の下級幹部職員およびたばこや塩の小売人といういわば小資本の商人を対象としたものであり、その人たちはいわゆる浮動票の保持者といわれているだけにその成果は甚だとらえどころがなく、河合沖の立候補が立ち消えとなるまでの間は、小林章の当選を左右する重要な意味をもたせられ、それだけに本社の小林章側近幹部から強い期待をかけられたものであることは疑いがない。被告人らの本件刑事責任を決するにあたつては、叙上のような小林章選挙における被告人らのおかれた位置状況をまず十分念頭におかなければならない。

検察官は最終意見として、「本件は、公社の組織を利用した計画的な違反行為である。」「なお、被告人のなかには、捜査当時から本社側からの指示があつたので本件の票割り等をなしたものである旨供述しているものもある。しかしその供述は具体性を欠き、かつ証拠上確たる裏付けがない。のみならず、被告人らは昭和三九年六月中旬ころから数次にわたり東京地方局として独自に小林章の選挙対策を協議し、その結果、被告人狩谷の指揮下に被告人飯田を中心とする地方局の選挙応援態勢を確立し、公示前から右応援のため積極的に本件会合を含む各種会合を開催し、その機会を利用して事前の選挙運動を行なつたものである」と本件を性格づけているけれども、当裁判所としては、前掲「本件に至る経緯」の項において詳細に認定し説示したとおり、むしろ本社首脳者の働きかけによつてそれと連絡を保ちつつ行われたものと認めざるをえないのである。当裁判所は、審理の過程を通じて小林章選挙において占める本件被告人らの正当な位置づけを見いだすことに苦心を払つた。検察官の当初の立証では事件が根なし草となることをおそれたので、検察官にこの点の立証を促していたところ、検察官は、審理の最終段階にいたつてやつと証人として本社企画部企画課長であつた池田博の取り調べを請求した。しかし事件の背景をなす事実は、却つて、弁護人請求の証人下門辰美、同杉山昌作、同阪田泰二の各証言と被告人質問によつてある程度浮彫りされた感がある。検察側証人池田博は、すでに当裁判所の審理において証拠上明らかとなつていた事実、たとえば昭和三九年六月八日ころの全国支部局長会議の席上同人自ら小林章の立候補問題について発言したこと、そのころ「選挙運動に関連して」というパンフレットが配布されたこと、外郭団体名簿および連絡責任者名簿の作成を求めたこと等についてすら、知らぬ、存ぜぬ、忘れました、記憶しないの一点張りで、ひたすら累が本社側に及ぶことをおそれる証言に終始した。まことに明哲保身もきわまれりというべきである。これに反発してであろうか、その後被告人質問の段階に入るや、休職中の被告人らもあまり公社との間にそれぞれ利害の錯綜する立場にありながらも、被告人らは比較的真実に近いと思われる供述をし、法廷に心情を吐露したことは、人間の心理としてまことに宜なるかなである。

現今、公職選挙にまつわる種々の病相は末期症状を呈し、当の小林章は参議院の議席におさまり、しかも検察官は本社側の主導性を推認しうべきあまたの客観的証拠があるにもかかわらず、本件を東京地方局独自の選挙対策による計画的悪質な犯行であると規定して被告人らに臨むに禁錮刑をもつてするを相当と主張する。近時識者をして、検察は起訴便宜主義の名の下に、この種政治的色彩の強い事件においては、その独自性は外見だけで、内実は現在の支配的政治勢力に影響されているのではないかと危惧せしめているとき、本件に対する当裁判所の量刑はいかにあるべきか。思うに公平を旨とする裁判所としては、常にあくまでも責任主義に徹し、刑の適用に関する一般的基準に照らして、個別に刑を量定すべきものであり、被告人らを、いわゆる一将功成つて万骨枯れ、免れて恥なきものの人身御供としてはならないものと考える。

もしそれ、公職選挙の公正を保持する抜本的対策にいたつては、ここに詳説する限りでないが、(一)ことを参議院全国区選挙に限るならば、参議院に真の良識を送りこむという制度本来の趣旨、目的は現状においてはもはや達成しうべくもなく、むしろ、宗教団体であれ、労働組合であれ、高級公務員であれ、当落の決定は、立候補者の個性や良識とは殆んど無縁の要素すなわち地盤たる圧力団体の組織と統制力の強弱にかかつているというも過言でない。今や、参議院全国区の存廃が問題とされるべきであろう。(二)また、その年選挙が施行されることは既定周知の事実となつているに加え、全国区も地方区と同様、法定の選挙期間が一率に選挙の公示から二〇日間に絞られているため、事件は殆んど例外なしに事前運動を伴つているというのが実情であつて、この点は全国区を存置する以上、改正を考慮すべきであろう。(三)その他高級公務員らの立候補制限は、その立候補者が現実問題として、例外なく政府与党議員の給源となつていること、これを制限すれば、一方革新政党の議員の給源となつている労働組合等に制限が付せられないこととの対比において問題の余地は残るにしても、両者の地位、性格の相異から、公務員らの立候補についてはらんらかの形で制限が加えられるべきものであろう。その場合当然予想されうる憲法問題も、制限が合理的な内容のものである限り、克服できないものではあるまい。(四)さらに、より根本的には、元来当選議員は自己を支持する地盤や階層のいかんにかかわりなく、すべて全国民の奉仕者として、常に全国家的視野に立つて議員活動をなすべきものであるにかかわらず、職能または職域代表ないし利益代表と称して、いわゆる圧力団体の利益をはかるための使者と堕している点が最も問題である。これを本件にみるに専売益金が全国家財政の一〇パーセントをまかなつているところから、日本専売公社は従来とも参議院全国区に自前の議員を送りこみ、その発言権を利用して傘下のたばこ耕作組合のため葉たばこ価格の値上げを推進し、また、たばこ小売人のためにいわゆる歩率の改訂に努力してきた形跡は顕著であつて、本件においても歩率の改訂が投票依頼の好餌として使われているのである。

要するに本件は、これら制度の欠陥や法と現実との乖離を前提にもち、その間隙から発生することのいわば必然ともいうべき事件であること、事件の真の元兇は他に存在するのであつて被告人らはその一部分を担当したに過ぎないことを洞察し、そのうえに立つて被告人らの行為を評価するのでなければ正鵠は期し難い。本件被告人らは多く最高の教育を受けながら、東京地方局の幹部職員として永年専売一家の風に染まりきり、本社首脳者の地位を利用する働きかけを受けるや、自己の栄達心も手伝つてか、殆んど無反省に行動したとみるのが正しい見方であろう。

被告人狩谷は、本件で起訴されると同時に、公社理事を辞し、小林章派公職選挙法違反に問われた者の中では、全国的にみて最も高級幹部であるだけに、社会的な批難を一身に浴びているけれども、もともと小林章と直接職務上つながりを持つたことはなく、前示のとおり、下門前局長のあとをうけ東京地方局長を命ぜられたゆきがかり上、本件にまきこまれたものに過ぎないことが窺える。

被告人飯田は、本件の後本社販売部販売課長を経て企画部企画課長に栄進していたが、本件起訴と同時に休職を命ぜられた。同被告人は、公社の有望な人材として幹部職員の途を歩んでいたものであり、本件当時においても、東京地方局総務部長の地位にあつたが故に、選挙運動の中心人物となつて、その有能な才覚があたら罪責を身に招く不幸な事態に立ち至つたのである。

被告人森、同藤本、同志村においても、本件起訴と同時に休職となり、有望な前途は暗雲にとざされ、ことに藤本は、粒々辛苦過去約三五年に及ぶ公社職員としての精勤を一挙に傷つけ、傷心のうちに近く定年を迎えようとしている。

以上に縷説した一般的および個別的情状をあわせ勘案し、その他同種事案に対する判決例等を参照すれば、本件における被告人らに帰すべき罪責は到底罰金以上には出ないものと結論せざるをえない。しかしながら、すくなくとも選挙の公正と自由を乱し、その指導監督下にある部下職員らの中から多数の公職選挙法違反者を出したことは、その職責上誠に遺憾なことといわなければならないのであつて、公務員等の地位利用による選挙運動の禁止は、未だ最近の立法にかかり、いわゆる形式犯からいわゆる実質犯と移行し固定化するまでにはいたらないけれども、その実質において買収饗応罪にも匹敵する重大な害悪を惹起するおそれがあるので、厳に戒むべき禁止行為であるから、公民権停止の期間については、特にこの点を重視した。

七  (法令の適用)

法律に照らすと、被告人狩谷の判示第二、第四、第五、第六の各所為、同飯田の判示第二、第五、第六の各所為、同森の判示第一、第六の各所為、同藤本の判示第三、同志村の判示第二の各所為のうち、公社役、職員の地位利用の点は公職選挙法第二三九条の二第二項、第一三六条の二第一項に事前運動の点は同法第二三九条第一号、第一二九条に判示第二、第五、第六の共謀の点は刑法第六〇条にそれぞれ該当するところ、地位利用と事前運動とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法第五四条第一項前段、第一〇条により一罪として重い地位利用罪の刑に従つて処断する。(中略)地位利用と事前運動の罪数関係について、当裁判所昭和四一年三月三一日判決(もつとも構成員は異なる)において、地位利用による選挙運動は、選挙運動期間中たると事前たるとを問わず禁止されており、その法定刑も一般の事前運動に対する法定刑よりも加重されていることなどに照らすと、一般の事前運動に対する罰条を適用する余地はないと解したのであるが、本判決において右解釈を変更し、両罪の成立を認め両者に観念的競合関係にあると解した理由について付言すると、昭和三七年五月一〇日法律第一一二号による改正前の公職選挙法第二三九条の二は、法第一二九条の事前運動につき、公務員等の地位利用によるものを特に加重して処罰する規定であつたところ、右法律による改正以後、法第一三六条の二の規定(公務員等の地位利用による選挙運動の禁止)に違反して選挙運動等をしたものは、それが事前であると選挙運動期間中であるとを問わずすべてこれを禁止し、その違反に対して右と同じ刑をもつて臨むことを定めた法第二三九条の二第二項がおかれたのであり、事前運動に対する単に行為者の身分による加重要件であつた地位利用を、独立に地位利用の行為そのものを処罰する構成要件に転じたものと解することができるのである。かように解するならば、現行法の第二三九条の二第二項、第一三六条の二第一項(地位利用)と第二三九条第一号、第一二九条(事前運動)の関係は、刑法第五四条第一項前段にいう一個の行為で二個の罪名に触れる場合(観念的競合関係)にあたると解することは十分首肯しうるところである。そこで、本判決において、前示のとおり解釈を変更する次第である。

八  (無罪部分の説明)(省略)

よつて主文のとおり判決する。(寺尾正二 早瀬正剛 長谷川正幸)

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